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磐南ゆかりの人 / 第1回人物特集 大石浩之

人物手帖 03 / 06

合代島から始まった介護の仕事

東京で担当したのは、訪問介護のヘルパーを調整する仕事だった。磐田に戻った大石が、今度は住まいそのものをつくる側に立つ。最初の一棟から安久路、見付へと続いた会社の歩み。

ふじがおか見付連理枝の外観
2014年7月に開いた、ふじがおか見付連理枝。 写真出典:大石浩之公式サイト

東京で覚えた、介護を支える仕事

大学を出た大石は2003年にニッセイ情報テクノロジーに入社。2004年に介護事業者の「やさしい手」に移った。訪問介護ではヘルパーの手配や調整を担当し、福祉用具のレンタル・販売を扱うソフトや訪問入浴のシステムの導入にも携わった。

その後は全社の予算管理や取締役会の運営支援を経験した。利用者を訪ねる人の予定を合わせることと、その仕事を続ける会社を整えること。磐田で事業を始める前から、その両方に関わっていた。

出典 大石浩之の経歴・やさしい手での職務

合代島、安久路、見付の三つの建物

2011年3月、合代島に高齢者向け住宅を建てて運営するため、富士ヶ丘サービスを創業した。最初の建物が開いたのは翌年5月。当時の名称は「ふじがおか和楽久 磐田合代島」。現在、本人はこの建物をセーフティネット住宅「ふじがおかプレイス」と紹介している。

合代島のふじがおかプレイス
合代島。創業のきっかけになった建物。 写真出典:大石浩之公式サイト
おおるりメゾンド安久路の外観
安久路。2014年3月開業。 写真出典:大石浩之公式サイト

安久路と見付の計画は並行して進んだ。二つの住宅を短い期間で開くため、大石は他社との共同事業を選んだ。内覧会を一緒に開き、契約や共用部の管理を分担したという。一棟目の運営を支えた職員と、自分だけでは担えなかった役割について、創業後のnoteに書き残している。

出典 大石浩之「プロフィール(富士ヶ丘サービス)」 / 三つの建物の写真と現在の紹介

個室で過ごす時間、通って過ごす時間

見付連理枝の個室の写真を、玄関側から見てみよう。廊下の先に窓があり、手前には流し台が見える。会社の居室案内には、洗面台、トイレ、ミニキッチン、緊急通報コールが挙がっている。この住宅で「暮らす」という言葉が何を指すのかは、設備を一つずつ見ると分かりやすい。

同じ見付でも、デイサービスの写真に写るのは、腰掛けて使う運動器具だ。活動の案内には、体操やゲームに加えて、休みたいときの静養スペースや一人ずつ入る浴室も登場する。居室を探している家族は住宅案内へ、自宅から通う一日を知りたい家族は通所の案内へ。自宅に来てもらう訪問介護については、別のページに仕事内容がまとまっている。

家族が見学の前に読めるもの