サッカーをしていた頃
1979年生まれ。幼少期は千葉県鎌ケ谷市で過ごし、小学校に入る前年に旧豊田町へ移った。豊田東小学校、豊田中学校を経て、1995年に磐南の普通科に入学した。
サッカーを始めたのは小学1年生。高校2年生の冬まで続けた。本人の回想には、うまくいったときの手応えと、壁にぶつかったときの心配の両方が出てくる。磐南を卒業したのは1998年3月だった。
出典 大石ひろゆきのプロフィール① / 大石浩之の経歴
大阪での一年と、三度の大学卒業
卒業後すぐに大学へは進まず、大阪の予備校で一年を過ごした。翌春、関西学院大学商学部へ。大阪や兵庫で暮らすことは、それまで思い描いていた進路にはなかったという。本人は後に、サッカーと関西での生活を並べ、出会いをきっかけにまず動いた経験として書いた。
やってみてダメだったらとも思わず、まずやってみました。
2003年3月、関西学院大学商学部を卒業し、東京で働き始めた。大学での学びはその後も続いた。日本福祉大学では通信教育課程を卒業。中央大学では法学部の通信教育課程を卒業し、2023年3月に学士(法学)を取得した。
出典 関西学院大学・中央大学の卒業年月と中央大学の学位記は、大石浩之公式プロフィール「経歴・学歴・資格」。日本福祉大学通信教育課程の卒業は、大石浩之本人による補足。
上空から見た母校と、法学の学位記
グラウンドを目印にすると、正門からの写真では分からない校地の広がりが見えてくる。下の空中写真が撮られたのは1987年から1990年の間。大石が磐南に入学した1995年より前の記録だ。「学校の写真」では、これと同じ範囲を1970年代に撮影した写真と並べている。

出典 国土地理院「地理院タイル」(国土画像情報・第4期を接合、切り出し)

写真出典 大石浩之公式プロフィール「経歴・学歴・資格」
もう一枚は、大石が公式プロフィールで公開している中央大学の学位記だ。日付は2023年3月25日。関西学院大学商学部を出て東京で働き始めた2003年から数えると、ちょうど20年になる。三度の大学卒業のうち、法学を学んだ時期を一枚の資料から確かめられる。