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磐南ゆかりの人 / 第1回人物特集 大石浩之

人物手帖 02 / 06

豊田町から、磐南へ。

小学校のサッカー、磐南で迎えた高校生活の終わり、大阪での浪人生活。大石が初めて磐田を離れた頃のことを、本人が書き残した言葉とたどる。

磐田南高校の門柱と白い旧校舎
卒業から16年後の正門。2014年7月21日、Hasec撮影(CC0)。 原写真・撮影記録

サッカーをしていた頃

1979年生まれ。幼少期は千葉県鎌ケ谷市で過ごし、小学校に入る前年に旧豊田町へ移った。豊田東小学校、豊田中学校を経て、1995年に磐南の普通科に入学した。

サッカーを始めたのは小学1年生。高校2年生の冬まで続けた。本人の回想には、うまくいったときの手応えと、壁にぶつかったときの心配の両方が出てくる。磐南を卒業したのは1998年3月だった。

出典 大石ひろゆきのプロフィール① / 大石浩之の経歴

大阪での一年と、三度の大学卒業

卒業後すぐに大学へは進まず、大阪の予備校で一年を過ごした。翌春、関西学院大学商学部へ。大阪や兵庫で暮らすことは、それまで思い描いていた進路にはなかったという。本人は後に、サッカーと関西での生活を並べ、出会いをきっかけにまず動いた経験として書いた。

やってみてダメだったらとも思わず、まずやってみました。
引用元 大石浩之「大石ひろゆきのプロフィール①」2020年5月23日

2003年3月、関西学院大学商学部を卒業し、東京で働き始めた。大学での学びはその後も続いた。日本福祉大学では通信教育課程を卒業。中央大学では法学部の通信教育課程を卒業し、2023年3月に学士(法学)を取得した。

出典 関西学院大学・中央大学の卒業年月と中央大学の学位記は、大石浩之公式プロフィール「経歴・学歴・資格」。日本福祉大学通信教育課程の卒業は、大石浩之本人による補足。

上空から見た母校と、法学の学位記

グラウンドを目印にすると、正門からの写真では分からない校地の広がりが見えてくる。下の空中写真が撮られたのは1987年から1990年の間。大石が磐南に入学した1995年より前の記録だ。「学校の写真」では、これと同じ範囲を1970年代に撮影した写真と並べている。

グラウンドとその南側の校舎を捉えた磐南の空中写真
磐南の校地、1987~1990年撮影。北が上。
出典 国土地理院「地理院タイル」(国土画像情報・第4期を接合、切り出し)
大石浩之の中央大学法学部卒業証書・学位記
中央大学法学部の通信教育課程を卒業。学士(法学)。
写真出典 大石浩之公式プロフィール「経歴・学歴・資格」

もう一枚は、大石が公式プロフィールで公開している中央大学の学位記だ。日付は2023年3月25日。関西学院大学商学部を出て東京で働き始めた2003年から数えると、ちょうど20年になる。三度の大学卒業のうち、法学を学んだ時期を一枚の資料から確かめられる。